このままでは猫で暖を取る”貧困老人”になる…「手取り10万円→資産3億円」の地方OLが40代から始めた活動
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中谷 美奈子+フォロー
年収300万円台の会社員でも億り人になる方法はあるか。中谷美奈子さんは「私は40代からアパート経営者、講師、コンサルタントとなり、資産3億円を築いた。その土台になったのは、投資やギャンブルの才能ではない。会社員として当たり前に培ってきた力だった」という――。
※本稿は、中谷美奈子『裏OLはうまいこと夢をかなえる最強の働き方である』(プレジデント社)の内容をもとに再構成したものです。
「愛とお金、どっちが大事?」
私は1972年、広島県の一般的な中流家庭に生まれました。外から見れば、ごく普通の家庭。でも家の中では、父の機嫌がすべてでした。気性が荒く、けんかっ早い。仕事のストレスを抱えて帰ってきた父と囲む夕食が、楽しい時間になるのか、誰も口をきけない時間になるのかは、その日しだい。私は子どものころから、父の顔色を読み、息をひそめる癖がつきました。
中学生の野外活動でのことです。バスの中で誰かが、「愛とお金、どっちが大事?」と聞きました。男子も女子も答えは「愛」。車内がきれいに“愛一択”に染まるなか、私の番が回ってきました。
「私、お金」
一瞬、バスの空気が凍りました。女子からは冷ややかな視線、男子からは「現実的すぎる!」という笑い声。それでも、恥ずかしいとは思いませんでした。父は無駄遣いが多いうえ、後輩の借金の保証人になり、その後輩が逃げたあとの借金をわが家が返していました。台所から聞こえるのは、母と祖母のお金の心配ばかり。だから知っていたのです。愛や夢だけでは、安心して生きられない。私にとってお金は、ぜいたくではなく、不安から自分を守るための防具でした。あのバスで答えた一言は、のちの人生を貫く原点になりました。

写真=iStock.com/OliverHuitson
※写真はイメージです
「好きな仕事」の代償は、手取り10万円
そんな私にも、小学校の先生になるという夢ができました。しかし、教員採用試験には2度不合格。父が脳梗塞で入院したこともあり、夢をあきらめ、地方公共団体の職員になりました。ようやく手にした「安定」。ところが待っていたのは、怒号と嫌みが飛び交う職場でした。家にいても電話の音が聞こえる気がし、胃の痛みで夜中に目を覚ます。それでも13年間働き続け、4回辞表を出すたびに給料と職位が上がり、30代で年収400万円の係長になりました。
当時は気づいていませんでしたが、この13年間に、私は仕事を進めるための地味な力を身につけていました。相手の話を最後まで聴く。言葉にならない意図をくみ取る。立場の違う人の間に入り、話をまとめる。そして、任されたことを期限まで続ける。会社では評価されにくい力ですが、のちに会社の外で私を助けてくれることになります。
36歳で退職した私は、今度こそ夢を選ぼうと決めました。野菜ソムリエとフードコーディネーターの資格を取り、地元の老舗食品卸会社へ。商品開発に携わり、ヒット商品も生まれました。人間関係も良好。「好きなことを仕事にする」という夢が、ついにかなったのです。
ただし、朝6時から夕方6時まで働き、土曜も出勤。年末は31日まで仕事。それで手取りは10万円でした。妹のお下がりを着て、友人の誘いを断り、化粧品はデパコスからプチプラへ。それでも、「私は好きな仕事で生きている」と自分に言い聞かせました。夢をかなえたのだから、苦しいなんて言ってはいけない。そう思い込んでいたのです。けれど、夢だけではごまかせない瞬間が、突然やってきます。

写真=iStock.com/Bignai
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