もう新しい猫は飼わない、と決めていたのに…愛猫をガンで亡くした夫婦が譲渡会へ参加した顛末 『猫のいる人生』試し読み | 試し読み | Book Bang -ブックバン-

もう新しい猫は飼わない、と決めていたのに…愛猫をガンで亡くした夫婦が譲渡会へ参加した顛末 『猫のいる人生』試し読み | 試し読み | Book Bang -ブックバン-

 2022年のある日、ガトーとクールボーイをお世話してくれたMさんが保護猫の譲渡会に来ないかと言う。「悪魔の囁き」だった。
「今度の日曜日、時間ない? 譲渡会のお手伝いを頼まれているんだけど、そこに遊びに来ませんか」
 譲渡会は保護猫活動をしているいくつかの団体などが、猫を引き取りたい人に、保護した猫をお世話する集まり、イベントだ。Mさんは伊豆高原から引っ越して、現在は都内に住んでいるが、熱海のNPO法人くすのきの保護猫活動をボランティアで手伝っている。
「ジュテがいなくなって半年ちょっと。次は考えられないよ」
 そう即答したのだが、Mさんは攻めてくる。
「でも、可愛い猫ちゃんを見に来るだけでもいいんじゃない?」
 もう新たな猫は飼わないと決めてはいても、ジュテを思い浮かべながら、またあんな愛おしい猫に出会えたら……。かすかに気持ちが揺らいでもいるのがわかる。妻に相談すると、
「飼う気がないなら、行かないほうがいいんじゃない」
 同様に複雑な気持ちを突き放すような言い方をする。
 確かにその通りなのはわかる。だが、一度取り憑かれた猫熱は、理性のタガが外れるのも簡単なようで、
「でもさ、行ってみるだけなら」
 と勝手にMさんに「OK」の返事をしていた。あぁ、もう……。

 そして譲渡会の開催当日。場所は都心のビルの一室だった。飼う気がないのに、なぜかキャリーバッグを手に、2人で出かけた。いったい、どれだけ気持ちが揺らいでいるのか。
 日曜日のオフィス街はガランとして、人通りがない。
「こんなところで、本当に譲渡会をやっているのかしら」
 妻は半信半疑の面持ちだった。Mさんに言われたビルに着いても、人の気配がなく、本当に譲渡会をやっているのかと首をひねったほどだ。
 エレベーターで3階まで行くと、扉の前で女性が受付をしていた。名前を言うと、名簿をチェック。Mさんがリストに入れてくれていたようだ。入り口で手指を消毒し、ドアを開けると、まだニャーとも鳴けない子猫たちのキーキーという幼い声が聞こえてきた。
 目の前に広がるのはまさしく「猫の海」だった。
 会場に入ってMさんを探すと、奥の隅に姿があった。キョロキョロと猫を見ながら進んでいき、挨拶するとニッコリ。
「ね、やっぱり可愛いでしょ」
 里親として引き取ってもらおうという気満々なのが伝わってきたが、さすがに「いやぁ」と言葉を濁した。
 中には年を取った猫もかなりいた。年取った猫は飼い主が亡くなったとか、飼うことができずに捨てられた成猫だ。しかし圧倒的に、生まれたばかりの子猫が多い。キーキー、ミーミーという鳴き声が会場に響き渡る。
 会場の猫たちを見て、目移りするばかり。どうしよう……おいおい、何を迷っている。
「ここのは熱海から連れてきた猫。ほかにもたくさんいるから、見て回って」
 グッタリ気味の成猫。本当に生まれたばかりでスヤスヤと眠っている子猫、ヤンチャが始まり、隣りの猫とつかみ合いをしている猫、小さな器に置かれたカリカリを食べている猫……。子猫たちはキラキラとかすかな輝きを放ち、その未来を感じさせる様子に胸がキュンとした。
「どの猫(こ)もかわいいね」
「嬉しそうじゃない。飼ってみたいと思う猫(こ)がいたら、言ってね」
 Mさんとそんな会話を交わす。奥では熱海からやってきたくすのき代表の那須さんが接客している。クールボーイはくすのきからもらった猫だ。
「こっちにもいるわよ」
 Mさんに言われた方を見ると、ケージに3匹の猫がいて、ワチャワチャとヤンチャしている。2匹は黒猫だった。そのうちの1匹がケージにしがみつき、こちらに何かを必死に訴えるようなしぐさをしている。
「ほらほら、出してあげるからね」
 Mさんがケージの扉を開けて取り出し、1匹を抱かせてくれた。肉球が黒く、小さい割に大きな爪で僕の胸を掻きむしった。
「ミー、ミー」
「わかった、わかった」
 その後、抱っこした妻が瞬殺され、「飼うならこの猫(こ)」と決めてしまったようだ。あとから言うには、ジュテの時と同じように、最初に目が合ったそうだ。抱っこしたらしがみつくこの猫、引き受けるしかない。つまり、もう新しい猫は飼わないという思いは、2人とも一瞬のうちに吹き飛んでしまった。
 そして早くも、はたして、この猫(こ)をもらったとして、先住猫のガトーとクールボーイが受け入れてくれるだろうか。もうそんなことを心配していた。
 ジュテとは違い、ハチワレではない黒猫。ジュテのように手足がソックスでも、お腹が白くもない。
「うちに来たい、と言ってる」
 妻はそうつぶやいた。

 保護猫をもらうには、いろいろな手続きが必要だ。本書で書いたが、飼い主が60歳以上の場合は猫の生存年齢を考え、万が一の場合、その後、引き取る身内などがいない場合はNG……。保護猫団体はその辺については厳しい。OKになるには身内の協力なども必要になる。クールボーイを引き取った時もその上でOKになった。
 そして、ボクを連れてってと叫んでいたとしか思えない黒猫もトライアルの手続きをし、キャリーバッグに入れ、連れて帰ることになった。
 クールボーイがやって来た時、ジュテもガトーも最初はクールボーイの周りを嗅ぎ回って、宇宙人でもやってきたかのような目で見ていたことを思い出した。ガトーが軽くちょっかいを出すようなしぐさをし、それを後ろでジュテが見ていたが、3匹が仲良くなるのに、それほど時間はかからなかった。
 今度の黒猫はどうか。キャリーバッグから出すと、2階から降りてきた先住猫2匹がまた、宇宙人を見るような目をしている。クールボーイはやや居丈高な感じだ。それから近づいていき、挨拶代わりにシャーを見舞った。黒猫はあとずさって、逃げている。
「こら、こら。仲良くするの」
 とはいえ、黒猫がおとなしかったのは最初だけ。クールボーイに近づくと、パンチするようなしぐさで迫る。まだ赤ん坊なのに、強気だ。逆にクールボーイが、物怖じしない態度にひるんで、走って逃げた。そんな微妙な距離感、空気感があったものの、夜には3匹がリビングに揃って、もうくつろいでいた。
 名前をどうするか。妻が夏目漱石の『吾輩は猫である』のモデルの猫は黒猫だったんじゃないかと言う。
「黒猫ね、じゃあ、夏目漱石の漱石は?」
「漢字の漱石だと畏れ多いから、ひらがなで『そうせき』はどう? ニックネームはもちろん『坊っちゃん』で決まりだな」
 それが新たに迎えた「そうせき」だった。こうして新しい猫、そうせきが我が家の一員となった。ジュテと似ている黒猫。山形の田舎でいなくなったクロの面影もある。そうせきはジュテとクロの生まれ変わりかもしれない。
 再び、3匹のヤンチャな猫たちとの生活が始まった──。

(以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて)

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