
耳に不妊去勢手術済みを示すカットが施された「さくらねこ」
「明日、ノラ猫さん5匹の不妊去勢手術をお願いできますか?」「多頭飼育崩壊の現場があって、今月30匹手術お願いできる日はありますか?」
ノラ猫・保護猫専門のお手伝い屋さんとして毎月100匹以上の猫さんを捕獲している「ねこから目線。」では、毎日のようにこんな電話を動物病院にしています。
動物病院の中には、社会課題解決に特化した「スペイクリニック」があります。Spay(スペイ)は英語で「不妊手術する」という意味で、犬や猫の繁殖管理に特化した動物病院です。今回はいつもお世話になっている兵庫県にある「伊丹ねこスペイクリニック」の一日を紹介したいと思います。
朝の開院と同時に、猫さんのTNR(捕獲、不妊手術した上で元の場所に戻すこと)活動に取り組むボランティアさんが猫さんを連れてきます。「5匹で予約してたけど、6匹捕まっちゃいました」「4匹でお願いしてたんですけど、雨で出てこなくて2匹しか捕まりませんでした」など、予約数通りに保護できるとはかぎらないノラ猫さんの処置は、キャンセルや数の増減がつきもの。そんな「現場の事情」も織り込み済みで対応してくれます。
不妊去勢手術のほかにワクチンや駆虫、ウイルス検査、風邪の治療などといった希望の有無を確認して預かり、いよいよ手術。大半が人に慣れていないノラ猫さんのため、捕獲器の外側から鎮静の注射を打ち、眠ったら手術台に乗せて執刀開始です。時間は去勢手術が3分くらい、不妊手術でも10〜20分ほどと、一般的な手術に比べるとかなり短時間です。
術後に外に戻る猫さんには耳カットを入れ、口の中や耳の中の診察もしてくれます。外に戻るノラ猫さんにとっては一生で一度の動物病院になる可能性が高いので、けがや病気が見つかればできる範囲で処置。終われば捕獲器の中へ戻し、麻酔からちゃんと覚めるかを確認しながら次の猫さんの執刀を進めていきます。
術創は妊娠していないメスなら1センチ程度。翌日には外に戻るノラ猫さんだからこそ、「エリザベスカラー」や抜糸も不要なほど、猫さんへの負担が少ない高技術の手術をしてくれます。こうした専門技術を持つ獣医さんたちは「Spay Vets Japan」という組織を立ち上げ、海外で研究や実践が積み重ねられている方法を導入、より安全で質の高い手術を日々探求してくれています。
手術の技法だけでなく、猫さんの保管から移動、術後管理といった病院内のオペレーション全体が、安全で効率的な不妊手術の実施に特化されています。このため執刀医と看護師1人ずつでも1日に30匹の手術ができます。
夕方、手術を終えた猫さんをボランティアさんが迎えにきます。「この子は風邪症状がひどかったので、追加の注射と点鼻しています」、「歯が1本グラグラしていたので、抜いて処置しておきました」などと説明しながら1匹ずつ、体重や推定年齢、体の状態などの情報が記載されたカルテも渡してくれます。
一匹一匹を丁寧に診てくれていることがよく分かり、とてもうれしくなります。「外に戻すことしかできないノラ猫さんだからこそ、丁寧に大切に扱ってほしい」というボランティアの思いを、同じ熱量で受け止めてくださるすてきな病院です。
ここ10年ほどの間に、関西だけでも10軒以上のスペイクリニックができましたが、まだまだ全国的にはスペイクリニックがない地域の方が多いのが現状です。繁殖管理というTNRの「成果」を出すためには、低価格で多頭の手術を高いクオリティーで実施してくださる獣医さんの協力が必要不可欠です。もっともっと、獣医さんの輪も広がっていきますように!
伊丹ねこスペイクリニック
兵庫県伊丹市にある完全予約制の猫の不妊去勢手術専門病院です。一般診療(飼い猫さんの病気や怪我の検査や治療)は行わず、不妊手術に特化しています。飼い猫への手術についてはお問い合わせください。
所在地=兵庫県伊丹市東野1−71−7 / 080-3134-4783
開院時間=午前9時〜午後6時(休診日:水曜日、日・祝日)
一般社団法人「Spay Vets Japan」
日本において効果的な繁殖管理を実現するため、国内外の学術情報、実証された社会実験を検証し、獣医師が持つべき見解と戦略を表明し、それを実行することで、獣医療界全体の繁殖管理に関する意識向上を図り、社会にインパクトを与えることをミッションとしています。
不妊去勢手術を行い繁殖管理を徹底する獣医師の育成に力を入れており、育成のための専門施設を大阪府八尾市に開設。愛護センターの獣医師だけでなく、一般開業医向けの研修制度も実施しています。
トレーナー獣医師は大阪公立大学獣医学部の非常勤講師として、臨床実習への協力も行っています。獣医師の外科実習もお受けしています。ご希望の方はメール(info@spayvetsjapan.org)でお問い合わせください。
小池英梨子
立命館大学大学院応用人間科学研究科対人援助学領域修了。「ねこから目線株式会社」(大阪市)代表、「人もねこも一緒に支援プロジェクト」(NPO法人)代表。平成16年から猫の保護譲渡やTNR活動をスタート。大学院でノラ猫をテーマに「共生と共存社会のリアリティ」について研究し、29年に猫の多頭飼育崩壊など、ヒトの福祉と猫問題への並行支援が必要なケースに対応するため「人もねこも一緒に支援プロジェクト」を立ち上げる。30年に保護猫・ノラ猫専門のお手伝い屋さん「ねこから目線。」を設立。京都、福岡、沖縄にも拠点を置き、ライスワークもライフワークも猫にまみれている。